親父の家系(横尾家)は、1970年代、当時の新素材・FRP(ファイバー・レインフォースト・プラスチック)のベンチャー企業を興そうとして失敗しました。借金取りこそ来なかったものの、小倉山手の家屋敷を抵当に入れていたため、そこから追い出され、それ以来、大変みじめな生活を続けて来たものです。嫁を貰おうとしてもカネがない。子を成そうとしてもカネがない。会社を興そうにもカネがない。おカネを借りてまでやろうとは思わない。
一寸先は闇です。社長の座から陥落してしまうのも、少しの油断でなることがあります。先祖伝来のカネを使い切って、ガス欠でゲームオーバー。それが我が横尾家です。
田所家だってそうです。カネでつまづいたクチです。幣原内閣が行った、新円発行と、預金封鎖。これにより、僕の祖父の資産が約1/100になりました。そのショックで、祖父は早逝しました。
資本主義経済って、残酷なものです。共産主義がいいとは申していませんが、資本主義経済って、汚いものです。特に、汚い資本主義が、近年台頭してきています。よそさまのポッケからおカネを持って来られれば勝ち、そうでなければ負け、それが資本主義の世の中です。どうしてこういう当たり前のことを、教科書に書いておかないのか不思議でしょうがないのですけどもね。
現在では、ほぼほぼ大阪市に住み、資本主義社会の汚い面も、実際に見て来なかったわけではありません。ただ、僕はその辺は、敢えて黙っているだけです。
全世界的に、おカネを払った方が負け、おカネを受け取った方が勝ち、というルールのゲームの中に放り込まれているような気がしています。少し油断すると、あのお上品に見える都市銀行からも「おカネ借りてください、金利取りますから」というDMが来る世の中です。僕は、それを丁重にお断りして、そのまま埼玉県まで送り返したものですけどもね。わざわざ切手貼って、封筒に入れて。受け取り拒否と朱書きして。
おカネは借りたら負けなんです。おカネを貸した方が勝ちなんです。ものや財産を、安値で仕入れて高値で売り抜ける人の勝ちなんです。ものや財産を、高値でつかまされて、安値で売らざるを得ない人は負けなんです。おカネを儲けたほうが勝ちで、おカネを払ったほうが負けなんです。東京の落語にもあります。「売るやつは利口で、買うやつはバカ」なんです。資本主義の世の中って、おおむねそういう風に出来ている。江戸時代からね。
もっと言えば、鵜と鵜匠、どちらが偉いかというと、鵜匠の方が偉いんです。飼われるよりも、飼う側の方が強いんです。社員よりも、社長の方が偉いんです(至極当たり前の話をしていますが)獲物として狩られるよりも、獲物を狩る側の方が気持ちがいいでしょう? それと一緒です。
滅私奉公でお勤めする時代は終わりました。一生面倒を見てくれない会社というもの。そんなものに命を賭すのはバカらしいことです。過労死自殺や過労死ラインという言葉を聞くだけでも、非常に痛々しいです。一刻も早く、そんな会社を辞めることです。そこから逃げて、安全な場所に隠れることです。心身の療養に専念すべきです。
少し、疑り深くなるのですが「あ、コイツは何を企んでいるのかな?」ということに、もう少し重きを置いて考えてください。メリットがある時とない時で、極端に顔色が変わるやつの顔を観察してください。利益がある時と、利益がない時の態度の差を見極めてください。そいつのカネの亡者具合をご自身で判定してください。メリット抜きで付き合える人が本当の親戚であり友達でして、それ以外は、あんまり宛にはならないというものです。
繰り返し申し上げます。ここは教科書には載らないところなんですが、よそさまのポッケからおカネを頂戴したら勝ち。頂戴出来なければ負けなんです。それが資本主義の正体なんです。気づくのが遅すぎた。なんて人生損をして来たんだろうと思います。
なんで、銀行業以外の業種業態が、銀行業(貸金業)をやろうとしているか分かりますか? カネを転がす方が、モノを転がして儲けるよりも、より効率的にカネが儲かるからです。そして、手数料を取って、おカネを貸すことが好きな人って、結構多いのでしょう。カネはカネで電子計算機任せにして、自動的に転がした方が、より効率的に儲かるからです。そのために、猫も杓子も銀行業(特に貸金業)をやりたがるのでしょう。
資本主義の世の中にダマされるな。そう言いたいです。気持ちは暗いですが、将来を悲観視しているわけではありませんのでご安心ください。
ここまで考えちゃうと、神社仏閣にお賽銭を入れること、お守りを買うことさえ、バカらしくなって来るのですが、これで1年間の御利益を買う、と思えば安いものですよ(笑)
ではでは(・∀・)ノ
(文責:ネットウイングス執筆班)
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